この記事は私が講読しているズラットピッグさんのこの記事を読んで、思ったことを書いています。
皆さんブログが好きですか?
私はブログ書くの好きだろうか・・・
まぁまだ始めて3ヶ月くらいしか経ってないんだけどもw
だけど、一応200記事も目前で40万文字も書いたので、少しくらい語っても良いかな。
文章を書くという事に対して
小学生のときの読書感想文なんか大っ嫌いだった
めっちゃわかる。
私も読書感想文めっちゃ嫌いだった。
作文用紙という物体が嫌いだったし、3枚も書けねぇ!と思っていた。
5枚なんて言われた日には、絶望。
今思えば、あの頃、本が非常に嫌いでした。
なぜかと言えば、無理して小説を読もうとしていたから。
本といえば小説だと思いこんでいた。(何故か)
小説以外の本は読まない。というか、小説以外の本はまったく見えていなかった。
そして、小説を読んで(なんか作り物の話っぽくてつまらねぇ・・・)と思っていた。
当たり前だ。作り物なんだから。(そこが小説の良さなんだけど・・・)
そして、大学生くらいのときに、中島義道さんの本とか、哲学書とか、実用書とか、いろいろ読んで、もう今じゃどっぷり読書好き。
本から本へ、ザッピング。机の上は本だらけ。
今だったら読書感想文、書ける。
あと、高校のとき、国語の時間の作文でこんな課題があった。
先生「みんなでショートストーリー、物語を書いてみましょう。
お題は「また雨か」というセリフを入れること。では始め。」
私は、ひきこもりニートの物語を書いた。
あの作文用紙は回収されて、帰ってこなかったので、思い出して書くと。
「狭い空」
おれは東京の四畳半の暗いアパートで、毎日、窓から狭い空を眺めている。
ベッドの上で目が覚める。
窓を誰かが叩くような音がする。
カーテンを閉めているので、今が朝か夜かもわからない。
誰なんだ?
カーテンを開けると雨が降っていた。
「また雨か」
おれはカーテンを閉め四畳半に閉じこもる。
いつか、誰かおれを訪ねて来てくれるだろうか。
まぁこんな感じの文章
次の日。先生は言った。
「よく出来た作品を4名、紹介するぞ。おれが朗読する。」
おれは心の中で思った
(読まれるうううううううううううううううう)
(やっば!恥ずかしいわ。)
(でもまぁ文才出ちゃってるししょうがないよね。)
読まれなかった。
その程度。
いつも、おれが思ったことは、世間一般からはズレていた。
すべてに違和感を感じる。
ズレまくっている。
みんなおかしい。
そもそも、読書感想文とかいう文化何なの??
とか思っちゃう。
今思えば、その気持をそのまま書けばよかったのに。
「読書感想文を書く意義とは。」と書けば良かったのに、私は良い子ちゃんだったので、常に先生が望むような内容を書いていた。
今思えば、それがいけなかった。
私は、なんかズレてると思っていた自分を隠して、すり合わせて、作文を書いた。
そりゃーそうだ。
例えば、道徳の作文で、みんなが「人を思いやる事は大切です。」と書いている中で、「全員自己中に生きればうまくいきます。」などと書く勇気は高校生のおれにはなかったし、作文に自分の本当の気持ちを書く意味もわからなかった。
高校の提出課題の作文で、「自己中に生きるべきかどうか」を書くことに意味を感じなかったのだ。
私は、先生に目をつけられないよう、当たり障りのないよう、「人を思いやる事は大切です。なぜなら、私も思いやりの気持ちを感じると嬉しいからです。」という内容を書いた。
昨日書いた、本当に思っている事とは違う。(思いやる事自体は、もちろん否定しない)
隣のブログは青い
ブログやってると、思うのが、「隣のブログは青い」ってことなんです。
つまり、羨ましくなっちゃう。
読者が多い人のブログや、個性全開で面白いブログ書いて突っ走ってる人見てると、悔しいなぁ。いいなぁ。羨ましいなぁ。と思ってしまう。
まぁ私にはできないんですよね。
私、芸人的な文章書けないんです。
「面白い文章書かなければいけないのかな・・・」という葛藤もありました。
これは、教師が学校で授業をするとき、「生徒にウケ狙いをしなければいけないのか?・・・」という葛藤に非常によく似ています。
しかし、そんな事はないのではないか、と思い、こんな堅苦しい文章を書いている訳です。
堅苦しいけど、論理的なのがおれなんです。
というか、コレ書いてるときが、一番自然体なんです。
無理におどけたり、ウケ狙いしない。できない。
でも、それでも良いやって。
そう思って書いています。
でも、それでも、うpするとき、思います。
この記事面白いのか?
今のこの文章も、そう思いながら書いてます。
「この記事面白いのか?」なんて書いて面白いと思ってんのか?おれ?
なんかデジャブだな。(エージェント・スミス来るで)
まぁそんな事を恐怖しながらも、恐怖に打ち勝ち、後悔するボタンを押しているうちは、私の記事はうpされますw
勝てなくなったら、忘れてください。私のことは。
まぁこれも、勝手に、他人の気持ちを邪推してるだけなんですけどね。
つまらん文章だろうが、なんだろうが、ネットに垂れ流せば良い。
ネットの海は懐が広いから、おれの良くわからないのも受け止めてくれるさ。
おれが、垂れ流し、読みたい人が読む。
だから、面白いかどうかなんか関係ないんだああああ
と、言いつつ、それでも、その謎の物体を読んでくれて、反応してくれる人達もいる。
だからこれで良いんだ。
無理におどけなくても、ありのままの自分を出せば。
アイーン。
終わり。
だひょーん!
コメント