こんにちは、キリンノックスです。
「本当に」好きな事で生きていく事は不可能かもしれない。
好きな事で生きていくというのは、もちろん好きな事でお金を稼いで生きていくということであろう。
最近、youtuberや、ブロガーなど、好きな事を仕事にしている人が増えている。
もちろん昔から、サッカー選手とか、将棋の棋士とか、タレントとか。
好きな事を仕事にできたひと握りの人達は存在していた。
私は2つの理由で「本当に好きな事で生きていく」のは不可能である場合があると考えている。
1つ目、能力・運による不可能性
私は将棋が好きだ。
もし、これから毎日12時間将棋をやり続けてくださいと言われても、やっていけそうな気がする。
それでも、私はプロ棋士になることは出来ない。年齢的に無理であるし、強さ的に無理である。
とても、今から1日15時間将棋したとしても、幼少期から将棋しかして来なかったプロ棋士の方々に勝てるとは到底思えない(私が将棋を初めたのは23歳くらいの時です。)
そして、私が、5歳の頃から将棋を初めなかったのは運だと思う。
もし、私が5歳の時に、よく将棋をわかっている人から、将棋の楽しさ、やり方、詰将棋の奥深さなどを教わっていたら、私はハマって、プロ棋士になっていたかもしれない。(私の能力とは関係なく例えの話です。)
しかし、そのような経験は私にはなかった。私は将棋と出会わなかった。
それは、5歳の私が悪かったのだろうか。いや、そんな事はないと思う。だから、これは運だ。
(もちろん、幼少時代からのプロ棋士の方々の努力を否定するつもりは毛頭ありません。しかし、プロ棋士の方が将棋と「出会った」のも、運であった事は間違いないと思います。)
よく、音楽家の子供が音楽家になったりする。
そして、その子供が、「音楽なんて楽しい事やって生きて行けて楽しい。みんなも、自分の好きな事で生きていきなよ」と言っていたらどうだろう。
もはや、私には「音楽家の子供として生まれた」事がすでに運がよかったようにしか思えない。
羨ましい限りであるが、その人の言葉では私に対する説得力はない。
つまり、本当に好きな事で生きていく事ができるために必要なのは
もちろん努力もあると思うが、才能や運も必要な要素である。と私は考える。
それは、つまり「才能や運に恵まれなかった人達」はもはや、本当に好きな事で食って行くことは不可能かもしれない。という事を示唆しているように思える。(夢に破れた人のいかに多いことかと思います。)
それでも、好きな事で生きていけると言う人達からは、将棋で食べていく方法はあるんじゃない?と言われそうだ。
将棋ライターとか、指導する立場を目指すとか、将棋実況とか。あるじゃない。そう言われそう。
しかし、それは、私の本当に好きな事「将棋を指す」という事で生きている事ではない。というのが私の考えだ。2つ目の理由に続く。
好きな事で生きてくことが、不可能である場合がある2つ目の理由
2つ目の理由は、そもそも、本当に好きな事ではお金を稼ぐ事ができない場合がある。ということです。
私は仕事で学生と関わる事があるが、私が、学生に、何か好き事ないんか?と聞けば、帰ってくるのは「帰って寝たい」「友達と喋りたい」「スマホでゲーム」「美味いもん食いたい」「女の子とデートしたい」
まぁ
わかるよ。
その気持ち。
おれも、帰って寝たいし、友達と喋りたいし、スマホでゲームしたいし、美味いもん食いたいし、スレ読みたいし、ネットサーフィンしたいし、音楽聞きたいし、映画見たいし、◯◯動画見たい。
そう。それは原始的欲求。人間は原始的欲求には逆らえない。DNAが欲しているんだそれを。もし、その欲求がなければ、人類は滅びてしまっているだろう。
本題から外れてしまいました。
好きな事で生きていける人もいるけども、その「好きな事」の内容は、お金を稼ぐ可能性を持っていなければ、お話にならないのではないか。という事です。
寝るのはみんな好きです。美味しものを食べるのはみんな好きです。友達とお喋りするのはみんな好きです。ネットサーフィンはみんな好きです。音楽を聞くのはみんな好きです。
しかし、
10時間寝てくれたからお金あげます。なんて人いるでしょうか。
料理食べてくれるだけでお金あげますよ。
ネットサーフィンしてたらお金あげます。
音楽聞いてるだけでお金あげます。
どれもありえないと思う。
つまり、「私の本当に好きな事は「寝る事」です」という場合 → お金は稼げない
ということなんです。
もし、その本当に寝るのが好きな人が、理想のライフスタイル(寝てばかりの生活)を目指して、株をめちゃくちゃ勉強して、大金持ちになったとして、毎日、寝ている生活を手に入れたとしよう。
その人はゴロゴロしながら株をやっているかもしれないが、「寝る事」で稼いでいるわけではない。
理想のライフスタイルを手に入れたかもしれないが、本当に好きな事「寝る」で稼いだわけではないではないか。
本当に好きな事がお金を稼ぐ可能性を持っていなかった場合。それをして生きていく事は出来ないと思うのです。
「好きな事で生きていく事は不可能な場合もあるから、頑張ろう。」
以上の2つの理由によって、本当に好きな事だけで、生きていくのは、不可能な場合がある。と思っている。
では、どうすれば良いのか。
「本当に」好きな事で生きていく事は不可能なので、好きな事に付随する何かや、嫌いではないかな。くらいの事をしていく必要がある。と思います。
本当に好きな事と関連する何かで生きていく。というのは可能であるという事に異論はありません。
または、好きではないけど、苦痛ではない事で生きていく。
好きな事で生きていくってことは、本当は、好きな事を少しでも自分の人生に取り入れるために他のいろんな大変な事や、ちょっと嫌なこともやらなきゃいけないって事なのではないかと思います。
本当に、好きなことだけやって生きていくのは、ほんの一握りの人しか不可能なのだから。
まとめ
「好きな事で生きていこう!」「本当に努力すれば好きな事で生きていけるよ!」って、自己啓発本、YouTuber、ネットの広告は言います。
だけど、それは、場合によっては不可能だと言いたい。
前からうすうす「なんかおかしいな」とは思っていたんです。「好きな事で生きていけるなんて、なんかおかしいな」って思ってたんです。違和感を感じていた。
うすうす思ってたんです昔から。「寝るだけ」で生きていくのは不可能なんじゃないかって。
だけど、改めて今日、私は再認識したのです。
しかし、私はこの考えに行き着いて、悲観するより、むしろ納得しました。
違和感の原因に気づいて、新たな活路が見えた気がするんです。そして「良かった!」と私は思いました。
確かに、好きな事がそのまま職業になるような場合もあります。
将棋が好き → プロ棋士
サッカーが好き → サッカー選手
料理を作るのが好き → 料理人
楽器を弾くのが好き → ミュージシャン
もし好きな事がそのまま直結するような職業があったとすれば、それは幸運な事で、「努力すれば、好きな事で生きていける」可能性もあります。(運と才能と努力もあれば)
しかし、そのような場合だけではなく、そもそも、好きな事でお金を稼ぐ事が不可能な場合。
そんなときは、視野を広げるか、多少の妥協をするか、本当に好きな事に付随する何かで金を稼ぐ方向にシフトするか。
好きな事をやるために、ちょっと大変な事もしなければいけないんだと思います。
しかし、そう思っていたほうが精神衛生上良いと思ったのです。
好きな事 = 「寝る」の人が、「なんで稼げないんだ・・・おれはどうしたら良いんだ・・・」と露頭に迷ってしまうより。
「「寝る」では稼げないから、何か、別の自分が納得できる方法を探そう。」っとなったほうが、人生の一歩を踏み出せるし、気分が良い。
そう思ったのです。
自分の好きな事をやるために、嫌いな事も大変な事もやろう。
「本当に」好きな事だけやって生きてくなんて不可能。これは、私にとってはむしろ希望です。
お読みいただきありがとうございました。
生きるのが好きな人は、生きてる限り、楽しい。キリンノックスでした。
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